
整形外科編
クリニックの新規開業は科目ごとに特徴があり、
立地選定、資金計画など様々なシーンごとに特色があります。
今回は整形外科での開業の実例を踏まえご紹介させて頂きます。
モデルケース
| 選定立地 | 郊外のドラッグストア敷地内。駐車場も確保されている。 |
| 開業形態 | 建て貸し(土地所有者がクリニック側の要望に沿った建物を建てて賃借する方式)。 |
| 規模 | 60坪(約198㎡) |
| 賃料 | 坪単価1.4万円(共益費込、税別) |
| 保証金 | 賃料の10か月分 |
郊外での整形外科クリニックの開業は、広い診療スペースを要するため、内装工事費が大きくなり、駐車場台数の確保が必要なケースが多いです。
1. 立地選定のポイント
競合となる同一科目、専門のクリニック(地域によっては整骨院や接骨院)の近隣は避ける。
視認性が良く、広域から集患ができそうな物件を選定する。が基本的な戦略となります。
複数の専門職、設備機器、施設基準などを踏まえるとかなりの面積が必要です。
また、今回のような郊外のエリアでは、足腰の悪い方の通院や、ご家族の送り迎えも想定しています。よって、患者用駐車場の確保ができる物件や、低層階(できれば1階)の物件などを選ばれるケースが多いです。
上層階テナントの場合はエレベーターが必須です。エレベーター内のスペース、収容人数の確認を行いましょう。
2. 内装レイアウト設計
約60坪の鉄骨造平屋、リハビリ機能を有する整形外科のレイアウトサンプルです。

正面に受付を有し、右側をリハビリ室(リハビリ用待合も設置)、左側を診察室(2部屋)としています。X線撮影装置(単純レントゲン+天井走行タイプも設置)を一番奥に設け、診察室前の中待合からのアクセスとしています。
処置室は診察室・リハビリ室からの動線を考慮し、受付後ろ側に設置し、スタッフ動線も配慮しています。院長室・スタッフルームの脇に裏口を設置し、患者出入口との分離をしています。
ポイント
診療メインの患者様とリハビリメインの患者様、X線撮影、検査、処置を受ける患者様など動線が複雑になりやすいので、全体的な最適化、バランスを考慮します。
天井走行のX線撮影装置、レッドコードなどを導入する際には天井高を確保、設置部を補強する必要もあります。
大型機器の導入に際しては事前に搬入路、耐荷重、電気容量などの確認も行いましょう。
リハビリなどで患者様が長く滞在されるケースもあるため、受付システムの導入、テレビの設置や本棚の用意など、待たせない工夫も必要です。また、スタッフからの声掛けも患者様の不安、負担軽減に繋がります。

3. 医療機器、システムの選定
以下は、必要な医療機器の検討リストです。
物理療法をどこまで行うかでリハビリ機器の必要資金が大きく変わります。
また、X線装置は必須となりますが、天井走行式、壁走行式、床走行式と種類は様々です。想定される手技や用途、テナントの状況などと照らし合わせて確認する必要があります。

ポイント
X線、骨密度測定装置など、同部屋で行える検査機器もありますが、使用頻度によっては別部屋に設置する方が望ましい場合もあります。
最近では超音波診断装置や衝撃波治療器を導入されるケースが多くなってきています。
自動精算機などを導入し、会計窓口の円滑化、省力化を図るケースが増えています。
大型機器の導入は差別化に繋がりますが投資額も大きくなるため、全体の投資額のバランスを見て判断する必要があります。
4. 事業計画
クリニック開業を志す先生方にとって事業計画の策定は、その後の経営を左右する極めて重要な羅針盤となります。しかし、インターネット上や書籍等には多くの情報があふれているものの、先生が目指す医療の形や立地条件等によって、「正解」は大きく異なります。
ここで示す数値は、特定の前提条件(立地、規模、診療方針等)に基づき、多数の事例から導き出した現実的なモデルではありますが、全てのケースに当てはまるものではありません。先生方ご自身のビジョンを具体的な数値に落とし込み、オーダーメイドの事業計画を策定するための「思考のフレームワーク」として、ご利用いただくものであることを御了承いただきたいと思います。
4-1. 投資計画
実際のクリニック開業においては、立地や建物のグレードなど様々な要因によって、必要な面積や賃料は大きく変動します。先生方の診療コンセプトと資金計画に合わせた最適な物件選定が重要です。
特にリハビリテーションを主軸とする整形外科では、その診療スタイルを支えるための設備投資が計画の根幹を成します。
本モデルケースでは郊外の60坪・建て貸し、坪単価1.4万円という条件を設定しましたが、これはあくまでも一例です。

ポイント
整形外科の投資計画における最大の分岐点は、CTやMRIといった高額な画像診断装置を導入するか否かです。
本モデルではこれらを導入しない選択をしましたが、これは単なるコスト削減が目的ではありません。むしろ、リハビリテーションを主軸とする診療スタイルを確立するために、投資の重点を別の領域に置くという戦略的な判断です。
投資計画の第一のポイントは、内装・設備工事費です。

5,610万円という金額は、リハビリテーションを軸とする診療フロー全体を最適化するための投資です。
これには、複数の患者様とスタッフが効率的に動ける広いリハビリ室の確保。車椅子や松葉杖の患者様がストレスなく移動できる広い廊下や出入口の設計、X線室の防護工事。そして、複数の診察室や処置室の機能的な配置など、専門的なノウハウが求められる工事が全て含まれています。
第二に、本モデルは高額な医療機器に頼るのではなく、理学療法士をはじめとするスタッフの専門性、つまり「人」の力で収益を上げていく労働集約型のビジネスモデルであるという点です。
収益の源泉が設備投資ではなく、質の高いリハビリテーションを提供する人材そのものにあることを理解することが重要です。
そして、運転資金として3,200万円が確保されている点は極めて重要です。

これは、計画書内で人件費や家賃などの主要経費6か月分として算出されており、決して恣意的な金額ではありません。
詳細な収支計画(4-2参照)が示すとおり、初年度は赤字となることが予測されています。この運転資金は、開業初期の赤字期間を乗り越え、2年目の黒字化へと到達するための言わば「命綱」です。自己資金が潤沢でない場合に過小な運転資金で開業することは、早期失敗の最大要因の一つです。
4–2. 収支計画
本計画のように理学療法士による専門的なリハビリテーションを収益の柱とする場合、収益構造は大きく異なります。本モデルでは、このリハビリテーションを軸とした診療スタイルを前提に、患者のべ単価を4,200円に設定しています。
一般的に整形外科は患者単価が低いと認識されがちですが、それは物理療法を中心とした従来型モデルの話です。
これは、再診料に加えて、多くの患者様が受ける標準的な40分(2単位)の運動器リハビリテーション料(II)を算定することで、構造的に達成可能な現実的な数値です。
高単価な手術や検査に依存するのではなく、この安定した診療単価を維持しつつ、リハビリテーションを必要とする患者様をいかに継続的に集患できるかが収益の基盤となります。
一方で、その収益を支えるためには、理学療法士や看護師といった専門職の手厚い人員配置が不可欠となり、人件費が最大の固定費となるのが特徴です。

収支計画の読み解き方
ご提示した5か年の収支計画は、クリニック開業というスタートラインから、地域に根差し、安定した経営基盤を築くまでの「成長の軌跡(ロードマップ)」を描いたものです。各年度の数字が持つ意味を理解することで、開業後の経営イメージをより具体的に掴むことができます。
開業初年度:耐える「種まき」の年
開業当初は、地域への認知度がまだ低く患者数が伸び悩む一方、人件費や家賃といった固定費は最大限に発生します。
この初年度の赤字は多くのクリニックが経験する想定内のフェーズであり、将来の成長に向けた「種まき」の時期です。この期間を乗り切るために、投資計画で確保した3,200万円の運転資金が言わば「命綱」として極めて重要な役割を果たします。
開業2年度:経営の夜明け「初の黒字化」を達成
クリニックの認知度が向上し、経営における最初の大きな節目を迎えます。
年間を通して初の黒字化を達成することは、クリニックが地域に受け入れられ始めた何よりの証拠です。院長先生が経営者として、大きな達成感と手応えを得られる最初の節目と言えるでしょう。
開業3年度:安定成長期へ「医業収入1億円」の大台を突破
経営が安定期に入り、収益基盤が確立される重要な年です。
多くのクリニックが目標とする医業収入1億円の大台に到達し、院長先生の所得の源泉となる利益が安定的に生まれるようになります。経営に自信が深まり、日々の診療にもより一層集中できる時期です。
開業4年度:盤石な経営基盤の確立と「次なる一手」の検討期
日々の資金繰りに追われるフェーズから完全に脱却し、経営が本格的な軌道に乗ります。
2,000万円を超える潤沢な利益を背景に、高額な借入金の返済を滞りなく行い、さらに将来のための事業用資金を手元に蓄積することが可能となります。このタイミングで、多くの先生方が節税や事業承継などを見据えた「医療法人化」の具体的な検討を開始されます。
開業5年度以降:未来への飛躍「戦略的経営」フェーズへ
盤石な経営基盤の上で、クリニックのさらなる飛躍を目指す時期です。
目先の収支に捉われることなく、より質の高い医療の提供、スタッフの待遇改善、最新医療機器への更新といった、クリニックの未来を創造するための「戦略的な意思決定」に、潤沢な資金と時間を充てられるようになります。
4–3. 損益分岐点
費用と収益が等しくなり、損失がゼロになる売上高(または患者数)のこと。
この数値を把握することは、クリニック経営における最低限の目標設定に他なりません。
経営が安定した4年目の損益モデルの収支計画サンプル(開業5か年)を基に、開業直後のクリニックでは、スタッフの給与は患者数に関わらず発生するため、人件費は固定費として捉えるのが実態に即しています。

上記の収支計画を基にすると、1日あたり約84人の患者様を診察することで、クリニックの全ての費用を賄えることが分かります。
| 年間固定費 (③人件費+④地代家賃+⑤減価償却費+⑥その他経費) | 約7,430万円 |
| 変動比率 (②医薬品・材料費・検査委託費率) | 13.0% |
| 損益分岐点売上高 | 7,430万円÷(1-0.13) ≒ 8,540万円 |
| 損益分岐点患者数(1日) | (8,540万円÷年間稼働243日)÷診療単価4,200円 ≒ 83.6人 |
先述の5か年収支計画と照らし合わせると、この損益分岐点は、患者数が85.0人に達する開業2年度に達成される計画となっています。
多くの開業計画では、単月黒字化を開業後8か月~1年程度で目指しますが、この目標を達成するためには、開業前から周到な集患戦略を立て、計画的に実行することが重要です。
4-4. 統括と戦略展望
本事業計画は、あくまで標準的な一つのモデルです。実際の開業にあたっては、先生方ご自身の診療スタイルや地域の特性を反映させた、より具体的な個別の計画が必要となります。
事業計画は一度作成して終わりではなく、開業後も定期的に見直し、実績と比較分析することで、経営戦略を機動的に修正していくための「生きた文書」として活用することが成功の鍵です。
さらに、より高度な経営管理を目指す先生方には、ベンチマーキングという手法があります。
例えば、TKC医業経営指標(M-BAST)のようなデータベースを活用することで、自院の経営数値を全国の数千に及ぶ同規模・同診療科のクリニックの平均値(特に黒字経営をしているクリニックの平均値)と比較分析することが可能です。これにより、自院の強みや弱みを客観的に把握し、データに基づいた的確な経営改善を行うことができます。
また、整形外科クリニックは経営が安定すると院長の所得が大きくなる傾向があります。
所得が一定額を超えた場合、個人事業主のままよりも「医療法人」を設立した方が、税務上のメリットを享受できる可能性があります。
法人化は節税だけでなく、事業承継や分院展開など、将来の選択肢を広げる重要な経営判断となります。どのタイミングで法人化すべきかについては、早い段階から医業専門の税理士事務所にご相談いただくことをお勧めいたします。
まとめ
郊外での整形外科クリニックの開業は…
立地選定
広い診療スペースと駐車場台数の確保。
大型の医療機器を導入される時は耐荷重、電気容量、搬入経路、躯体の補強などを事前に確認。
内装レイアウト
スタッフや患者様が診察、検査、処置、リハビリを行き来するため、短距離で効率的な動線設計。
機器選定
想定される手技や用途、テナントの状況を踏まえて選定。
事業計画
高額な画像診断装置への投資か、質の高いリハビリ人材の確保。
地域の医療ニーズ・競合状況・患者層を分析し、差別化戦略を立てることが重要。
以上を考慮して、進めていただきたいと思います。
ユヤマでは物件選定から開業の支援を行っております。
お気軽にご相談ください。
協力企業
タカラスペースデザイン株式会社
提案から内外装の設計デザイン、施工・建築、アフタフォローまで安心安全のサービスを提供する「美と健康」に特化した施設のデザインを行う設計施工会社です。想いをえがき、夢をかなえ、その先をゆく。いつのときも共に最高の価値を生み出す。想いの先をゆく空間を、多彩な“ちから”を活かして提供します。価値ある空間を提供しようとする人の夢を共にかなえます。
株式会社メディセオ
医師の処方が必要な医療用医薬品だけでなく、医療機器・医療材料・臨床検査試薬など、予防・検査・診断・治療・投薬に至るまでの医療に関わる商品を1,000社以上のメーカーから仕入れ、病院・診療所や薬局など全国約10万軒もの医療機関に販売・納品しています。必要なものを、必要な量だけ、安心・安全・効率的に届ける社会インフラの一つとして、安定供給と流通プロセス全体の最適化を実現する高機能物流を土台に、医療機関やメーカーをサポートする流通価値の創造に取り組んでいます。
税理士法人FP総合研究所
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