
消化器内科編
クリニックの新規開業は科目ごとに特徴があり、
立地選定、資金計画など様々なシーンごとに特色があります。
今回は消化器内科での開業の実例を踏まえご紹介させて頂きます。
モデルケース
選定立地 | 都心ターミナル駅至近。勤務先病院と連携が取れ、集患が見込めるエリア。 |
開業形態 | テナント(ビル診) |
規模 | 50坪(約165㎡) |
賃料 | 坪単価2万円(共益費込、税別) |
保証金 | 賃料の10か月分 |
都心部での消化器内科クリニック開業は、高度な医療機器への投資に加え、高額な不動産関連費と内装工事費が大きな割合を占めます。
特に質の高い内視鏡検査を提供するための検査機器本体、患者様のプライバシーと快適性を確保するリカバリールームや検査前処置のための個室やトイレ、効率的な洗浄・消毒を行うための専用スペース等が不可欠です。
1. 立地選定のポイント
消化器内科、内科系クリニックの近辺は避け、
視認性の良い物件を選定するのが基本的な戦略となります。
健診(一般健診、特定健診)などの需要を取り込める可能性も高いため、利便性(アクセス)の良い駅前やビジネス街などで開業することも選択肢となり得ます。
内視鏡室やリカバリー室、更衣室などに加え、通常の内科より多くトイレを設置するケースが多いことから、50坪以上、給排水の引き込みが出来る(し易い)物件を確保することが望ましいです。
内視鏡検査に専門特化する場合は、他の内科系クリニックと差別化することによって、共存できる場合もあります。
2. 内装レイアウト設計
約50坪でのレイアウトサンプルです。内視鏡室、内視鏡検査の前処置、検査後のリカバリースペース、更衣室、検査患者用トイレを要するため、他の内科系クリニックよりも広い面積が必要となります。
検査説明や検査食等の説明もあり、2部屋の診察室を配置しています。面積にゆとりがあるならば、相談室(カウンセリング室)を設けることもあります。

ポイント
内視鏡、リカバリー室の近くに、外来用トイレとは別のトイレを設置。患者のプライバシーに配慮。

リカバリー室の効率的な運用のため、男女別の更衣室を設置。

ストレッチャーの運用も考えられるため、廊下幅や内視鏡室内の回転スペースを確保することも要検討。

下部内視鏡検査(CF)を行う場合には臭いなどを除去する対策も検討。
処置室のベッドをリカバリー用に使用する場合やストレッチャーで運用する場合もあり、スペースを確保する必要。
検査、処置内容によっては患者のプライバシーに配慮するレイアウトが望ましい。
3. 医療機器、システムの選定
医療機器としてはX線一般撮影装置、CR/PACS装置、超音波検査装置、電子内視鏡装置などの導入が一般的に想定されます。電子内視鏡装置はスコープの種類、数で金額が大きく異なります。

ポイント
- 内視鏡検査をどこまで行うかによって必要な機器、設備も異なります。
上部(GIF)、下部(CF)、ポリープ切除と複数の検査を行う場合は、効率的な洗浄や消毒、殺菌のためのスペースが必要になります。 - 院内の検体検査の充実を図る場合(外来迅速検体検査加算など)、
機器を設置できるスペース、設備が必要になります。 - 連携する機器、システムが多く、ネットワークの構築が重要です。
内視鏡検査だけでは届きにくい領域の検査や急性腹症の診断などに、
X線CT装置を用いて大腸CT検査を行うケースや、検診のニーズからX線TV装置を導入されるケースもあります。
4. 事業計画
クリニック開業を志す先生方にとって事業計画の策定は、その後の経営を左右する極めて重要な羅針盤となります。しかし、インターネット上や書籍等には多くの情報があふれているものの、先生が目指す医療の形や立地条件等によって、「正解」は大きく異なります。
ここで示す数値は、特定の前提条件(立地、規模、診療方針等)に基づき、多数の事例から導き出した現実的なモデルではありますが、全てのケースに当てはまるものではありません。先生方ご自身のビジョンを具体的な数値に落とし込み、オーダーメイドの事業計画を策定するための「思考のフレームワーク」として、ご利用いただくものであることを御了承いただきたいと思います。
4-1. 投資計画
実際のクリニック開業においては、立地の希少性や建物のグレード、フロア階数など様々な要因によって、必要な面積は40坪~70坪以上、坪単価も1万円台から3万円を超えるケースまで大きな幅があります。先生方の診療コンセプトと資金計画に合わせた最適な物件選定が重要です。
本モデルケースでは都心駅至近の50坪・坪単価2万円という条件を設定しましたが、あくまでも標準的な一例です。

ポイント
本計画では4,015万円を計上しましたが、これは先生方の診療方針によって柔軟に考えるべき項目です。

消化器内科の投資の鍵は医療機器の選定です。内視鏡のスコープ本数やAI診断支援機能の有無によって、機器費用は4,000 万円程度の「標準モデル」から1億円を超える「高機能モデル」まで大きく変動します。
特にCTの導入は、投資額を数千万円単位で変動させる重要な戦略的判断点となります。CTは他院との差別化や診療メニュー拡充に繋がる一方、事業計画全体に大きく影響するため、慎重な検討が必要です。
競争の激しい都心部では、開業当初の集患が計画通りに進まないリスクも想定し、潤沢な運転資金を確保することが経営安定化の生命線です。
4–2. 収支計画
消化器内科の収益性は、内視鏡検査に代表される高単価な診療を、いかに安定的に実施できるかに懸かっています。
実際のクリニック経営実績を見ても、年間売上が1億円を大きく超えるケースは珍しくなく、高い収益ポテンシャルを秘めています。一方で、その収益を支えるためには、専門知識を持つ看護師や技師など手厚い人員配置が不可欠となり、人件費が最大の固定費となります。
弊所クライアントの内視鏡検査を多く行う消化器内科クリニック様ののべ単価は、患者数や検査件数等に応じて、10,000円~18,000円程度と幅がありますが、本モデルでは10,000円で設定しています。
以下は開業5か年までの収支計画です。

ポイント
本計画における開業2年度は、クリニックの認知度が徐々に高まり、1日の患者数が37人まで増加することで、医業収入は8,991万円へと大きく伸長します。これにより、年間を通して初の黒字(税引前利益559万円)を達成します。経営者として、大きな達成感を得られる最初の節目と言えるでしょう。ただし、利益額はまだ限定的であり、借入金の返済も本格化するため、引き続き着実な患者数の増加が求められます。
そして、開業4年度が、クリニック経営が本格的に軌道に乗り、安定した収益基盤が確立された状態を示す一つの成果指標タイミングです。 医業収入は1億2,150万円と、多くのクリニックが目標とする1億円の大台を突破しています。これは、1日の平均患者数が50人に達し、地域での認知度が高まり、安定した集患が実現できている証と言えます。
特筆すべきは、税引前利益が3,166万円に達している点です。この利益水準は、院長先生ご自身の報酬を十分に確保した上で、高額な借入金の返済(年間約1,154万円)を滞りなく行い、さらに手元に事業用資金等の蓄積が可能となることを意味します。
この段階に至ることで、日々の資金繰りに追われるフェーズから脱却し、より質の高い医療の提供や、将来の医療機器更新を含む新たな設備投資といった、クリニックの将来を見据えた戦略的な意思決定に集中できるようになります。
4–3. 損益分岐点
損益分岐点とは、費用と収益が等しくなり、損失がゼロになる売上高(または患者数)のことです。この数値を把握することは、クリニック経営における最低限の目標設定に他なりません

上記の収支モデルを基にすると、損益分岐点を達成するために必要な1日あたりの患者数は約34.7人です。
年間固定費 (③人件費+④地代家賃+⑤減価償却+⑥その他経費) | 約7,185万円 |
変動比率 (②医薬品・材料費・検査委託費率) | 14.8% |
損益分岐点売上高 | 7,185万円÷(1-0.148) ≒ 8,433万円 |
損益分岐点患者数(1日) | (8,433万円÷年間稼働243日)÷診療単価10,000円 ≒ 34.7人 |
多くの開業計画では、単月黒字化の達成を開業後8か月~1年程度で目指します。
この目標を達成するには、開業前から周到な集患戦略を立て、計画的に実行することが重要です。想定よりも患者数の伸びが緩やかだった場合に備え、十分な運転資金を確保しておくことが精神的な余裕と経営の安定に繋がります。
本事業計画は、あくまで標準的な1つのモデルです。実際の開業にあたっては、先生方ご自身の診療スタイルや地域の特性を反映させた、より個別具体的な計画が必要となります。
事業計画は一度作成して終わりではなく、開業後も定期的に見直し、実績と比較分析することで、経営戦略を機動的に修正していくための「生きた文書」として活用することが成功の鍵です。
また、消化器内科クリニックは収益性が高く、経営が軌道に乗ると院長個人の所得が大きくなる傾向があります。
所得が一定額を超えた場合、個人事業主のままよりも「医療法人」を設立した方が、税務上のメリットを享受できる可能性があります。法人化のタイミングは重要な経営判断となりますので、早い段階から医業専門の税理士事務所にご相談いただくことをお勧めいたします。
まとめ
都心部での消化器内科クリニック開業は、高度な医療機器への投資に加え、高額な不動産関連費と内装工事費が大きな割合を占めます。
質の高い内視鏡検査を提供するためには、検査機器本体だけでなく、患者様のプライバシーと快適性を確保するリカバリールームや検査前処置のための個室、トイレ、効率的な洗浄・消毒を行うための専用スペース等が不可欠です。これらの要素が、広い面積と坪単価の高い内装設計・工事を必要とし、結果として初期投資額を押し上げる要因となります。
トイレ、リカバリールームのベッド、前処置用個室の数、また、内視鏡スコープ本数は、事業計画に大きな影響を与えます。損益分岐点を考慮しながら経営戦略を立てて決定していただきたいです。
協力企業
タカラスペースデザイン株式会社
提案から内外装の設計デザイン、施工・建築、アフタフォローまで安心安全のサービスを提供する「美と健康」に特化した施設のデザインを行う設計施工会社です。想いをえがき、夢をかなえ、その先をゆく。いつのときも共に最高の価値を生み出す。想いの先をゆく空間を、多彩な“ちから”を活かして提供します。価値ある空間を提供しようとする人の夢を共にかなえます。
株式会社メディセオ
医師の処方が必要な医療用医薬品だけでなく、医療機器・医療材料・臨床検査試薬など、予防・検査・診断・治療・投薬に至るまでの医療に関わる商品を1,000社以上のメーカーから仕入れ、病院・診療所や薬局など全国約10万軒もの医療機関に販売・納品しています。必要なものを、必要な量だけ、安心・安全・効率的に届ける社会インフラの一つとして、安定供給と流通プロセス全体の最適化を実現する高機能物流を土台に、医療機関やメーカーをサポートする流通価値の創造に取り組んでいます。
税理士法人FP総合研究所
「Your Success is our Business」の理念のもと、事業の発展から大切な資産の円滑な承継まで、お客様の未来をデザインする専門家集団です。私たちは税務・会計を核としながら、グループの総合力を結集し、法人・個人を問わず、あらゆる課題の解決に尽力します。
中でも医業部では、クリニック経営に精通した専門チームが、医療機関の成長ステージに応じて、長年培った知見を結集した独自の先進的なソリューションを提供します。ドクターが安心して理想の医療を追求できる、盤石な経営基盤づくりに貢献できるよう総合的な支援体制を構築しています。