
耳鼻咽喉科編
クリニックの新規開業は科目ごとに特徴があり、
立地選定、資金計画など様々なシーンごとに特色があります。
今回は耳鼻咽喉科での開業の実例を踏まえご紹介させて頂きます。
モデルケース
| 選定立地:商店街が広がる駅前の医療モール型のテナント物件。人の往来も多く、地域住民だけでなく広域からの集患も期待できる立地。 | |
| 開業形態:テナント(建物賃貸借契約)。 | |
| 規模:40坪(約132.3㎡) | |
| 賃料:坪単価1.4万円(共益費込、税別) | |
| 保証金:賃料の10か月分 |
本モデルは、「高度な診断(CT・内視鏡)」と「専門的な処置」という医師の技術と設備力で収益を上げる構造です。
診療コンセプト、導入する機器によって必要面積は異なりますが、40~50坪程度の広さのテナント物件での開業ケースが多いです。
1. 立地選定のポイント
同一診療科及び患者層が重複する可能性のある小児科や呼吸器内科などのクリニックの近隣を避けつつ、視認性が良く、交通アクセスの良い物件を選定することが基本的な戦略となります。
小児患者層は学校や保育園などの近隣が適しています。お子様は季節の変わり目に体調を崩しやすく来院が増えます。また、子供連れの患者様は送迎を伴うことが多いため、十分な駐車場の確保ができる物件が望ましいです。
高齢者患者の層は安定した患者ベースとなるため、高齢者の生活圏(スーパーや商店街の近くなど)にあることが重要なポイントとなります。
2. 内装レイアウト設計
約40坪のレイアウト案となります。

耳鼻科クリニックは、他の診療科と比べて、診察時間が短く回転率が高いため、効率的な患者誘導が求められます。また、小児患者や発熱患者も多く、隔離室の設置もあります。
聴力検査室には防音設備(設置型)や、X線またはCT室は立位撮影に対応した設計が求められるなど、耳鼻科特有の検査機器に配慮した空間づくりが必要です。
さらに、使用器具が多いため、消毒・洗浄スペースは他科より広く確保する必要があります。点滴や吸入中の患者をスタッフが見守れるよう、視認性の高いレイアウトも重要です。
これらの点が、内科や整形外科など他の診療科との大きな違いです。
ポイント
・ 耳鼻科用CTを導入されるケースも増えており、導入の際には事前検討が必要です。
・ 小児患者を多く診るクリニックでは小児患者向けの設備(カプセルトイなど)を設置するケースもあります。
・ 多くの患者さまが診察、処置、ネブライザーの流れになるので患者動線がスムーズになる工夫を。
「どのような診療内容」や「どの層の患者様をメインに想定されるか」によって、必要な設備やレイアウト、内装なども大きく変わってきます。
コンセプト、立地選定も含めて、事前に周到な計画と準備が必要です。
3. 医療機器、システムの選定

ポイント
最近では耳鼻咽喉科用CT、電子内視鏡を導入されるケースも増えています。
ネブライザーはコストが抑えられる超音波式を導入される傾向が強いです。
医師の負担軽減、診療の円滑化、効率化のため、クラークを導入されるケースが増えています。
予約システムを導入されるクリニックが多く、順番予約で運用されることが多いです。
4. 事業計画
クリニック開業を志す先生方にとって事業計画の策定は、その後の経営を左右する極めて重要な羅針盤となります。しかし、インターネット上や書籍等には多くの情報があふれているものの、先生が目指す医療の形や立地条件等によって、「正解」は大きく異なります。
特に耳鼻咽喉科領域は、現在大きな転換期を迎えています。かつての「風邪をひいたら耳鼻科で吸入」という単純な受療行動は変化し、国民病とも言えるアレルギー性鼻炎への根治治療(舌下免疫療法等)や、超高齢社会における難聴・めまい・嚥下障害への対応など、「QOL(生活の質)を守る専門診療科」としての役割が強く求められています。また、2024年の診療報酬改定における「医療DX」や「賃上げ」への対応は、従来の労働集約的で薄利多売的な経営モデルからの脱却を迫るものです。
今回、耳鼻咽喉科開業の標準モデルとして「駅近医療モールで開業する、CT導入型の高機能耳鼻咽喉科クリニック」の事業計画サンプルを提示させていただきます。
ここで示す数値は、特定の前提条件(立地、規模、診療方針等)に基づき、多数の事例から導き出した現実的なモデルではありますが、全てのケースに当てはまるものではありません。先生方ご自身のビジョンを具体的な数値に落とし込み、オーダーメイドの事業計画を策定するための「思考のフレームワーク」として、ご利用いただくものであることを御了承いただきたいと思います。
4-1. 投資計画
本モデルケースでは駅近医療モールの40坪、坪単価1.4万円という条件を設定しました。
総投資額は1億3,700万円です。今回の耳鼻咽喉科の投資計画において最も特徴的なのは、「高度診断機器」と「特殊内装」への比重の高さです。
耳鼻咽喉科の投資において、経営の成否を分ける最大の分岐点は「CT(コーンビームCT)を導入するか否か」です。本モデルでは、あえて高額なCT導入を選択しました。

ポイント
今回の投資計画のポイントは3つあります。まず、「診断のタイムパフォーマンス(タイパ)」への投資です。
従来のレントゲン(2次元)では副鼻腔炎や中耳炎の微細な病変は判断がつかず、結局「大きな病院でCTを撮ってきてください」となるケースが多々あります。これでは患者様の時間を奪い、満足度を著しく下げてしまいます。
CTを導入することで、「受診したその場(即日)でCT撮影・診断・治療方針の決定」までを完結させます。「今日、結果がわかる」という価値は、多忙な現役世代にとって計り知れないメリットであり、強力な集患エンジンとなります。
次に、「耳鼻咽喉科特有の内装機能」への投資です。3,740万円という工事費は高額に見えますが、ここには妥協できない機能が詰まっています。
- 放射線防護:CT室の壁・床・扉への鉛シールド工事。
- 聴力検査室の遮音:補聴器外来レベルの正確な検査を行うための、待合室の喧騒を完全に遮断する防音室。
- 感染症対策:待合室・受付の近傍に「特診室(隔離室)」を配置。発熱患者を一般の診察ゾーン(中待合・診察室1・2)に入れず、入口から直行で診察できる動線を確保することで、パンデミック時でも地域医療を止めない体制を築きます。
そして最後に、運転資金2,500万円は経営の「命綱」です。
耳鼻咽喉科は、花粉症時期(繁忙期)と夏場(閑散期)の患者数差が全診療科の中で最も激しい科の一つです。特に人件費や家賃などの固定費は、患者数に関わらず毎月発生します。投資総額の中で約18%にあたる2,500万円を手元資金として確保しておくことで、開業直後の不安定な時期や、予期せぬ感染症流行の変化にも動じない盤石な経営体質を築きます。
4–2. 収支計画
耳鼻咽喉科経営の強みは、「高回転(多くの患者数)」と「処置・検査による単価アップ」を両立できる点にあります。
本モデルは、「高度な診断(CT・内視鏡)」と「専門的な処置」という医師の技術と設備力で収益を上げる構造です。

※本計画はあくまで標準的なモデルケースであり、実際の収支は診療科、地域性、集患戦略などによって変動します。
収支計画の読み解き方
ご提示した5か年の収支計画は、クリニックが開業というスタートラインから、地域に根差し、安定した経営基盤を築くまでの「成長の軌跡(ロードマップ)」を描いたものです。
開業初年度:耐える「種まき」の年
開業当初(1月開業想定)は、直後のスギ花粉症シーズンで一時的に患者数が急増する可能性がありますが、その後の夏場の閑散期には患者数が落ち着くため、通年では赤字を見込みます。
特に初年度は、認知獲得のための広告費や、スタッフ体制を整えるための人件費が先行します。この時期は、来院された患者様に「CTで副鼻腔の陰影を確認できた」「内視鏡で自分の喉の状態を始めてモニターで見た」という「視覚的な納得感」のある医療体験を提供し、次の繁忙期に向けたリピーターを育てる「種まき」の期間です。
高額な医療機器への投資は、この初期段階での信頼獲得スピードを早めるための必須コストと言えます。この期間を支えるのが、投資計画で確保した2,500万円の運転資金です。
開業2年度:経営の夜明け「初の黒字化」を達成
クリニックの認知が広がり、損益分岐点を超えて黒字化を達成します。この頃から、競合を懸念されがちな近隣科目とも明確な役割分担(棲み分け)が確立されます。医療モール内の小児科からは「処置が必要な中耳炎疑い」、内科からは「鑑別が必要な長引く咳・副鼻腔炎」といった紹介患者(診診連携)が増え、専門性の高い耳鼻科として認知され始めます。
また、2024年改定で評価された医療DX(マイナ保険証、電子処方箋等)も、単なる加算獲得のためだけでなく「待ち時間短縮」の切り札としてフル活用します。耳鼻咽喉科特有の多くの患者数に対応するため、受付業務の自動化・効率化を積極的に進め、スタッフが患者様のケアや説明に集中できる「人だからこそできる業務」に注力できる体制を整えます。
開業3年度:安定成長期へ「医業収入8,500万円」を突破
2年目を経て院内の業務フローやDX運用が完全に定着したことにより、診察室での時間にゆとりが生まれます。
その結果、急性疾患だけでなく、丁寧な説明が必要なアレルギー性鼻炎への「舌下免疫療法」や、問診に時間を要する「慢性的なめまい・耳鳴り治療」といった継続的な通院が必要な慢性疾患患者への対応力が向上します。季節変動の影響をある程度吸収できる強固な収益基盤は、システムによるバックオフィスの支えがあってこそ実現します。
開業4年度:盤石な経営基盤の確立と「次なる一手」の検討期
日々の資金繰りに追われるフェーズから完全に脱却します。
利益が3,000万円を超えると、個人の所得税負担が重くなるため、多くの先生方が「医療法人化」の具体的な検討を開始されます。法人化により、分院展開や事業承継といった次のステージへの戦略的な選択肢が生まれます。
開業5年度以降:未来への飛躍「戦略的経営」フェーズへ
1日平均患者数85人という高稼働に対応するため、単純作業は「機械・システム」に任せます。
医師以外のスタッフには聴力検査や説明業務、クラーク活用などを担ってもらう「タスク・シフト/シェア」を加速させます。スタッフが単純事務から解放され、より高度な判断を要する医療補助に回ることで、医師が「診察・診断・処置」というコア業務に集中できる環境を作ります。
4–3. 損益分岐点
費用と収益が等しくなり、損失がゼロになる売上高(または患者数)のこと。
この数値を把握することは、経営の「最低防衛ライン」を理解することに他なりません。
経営が安定した4年目の損益モデル(開業5か年)を基に算出します。

上記の収支計画を基にすると、1日あたり約51人の患者様を診察することで、クリニックの全ての費用を賄えることが分かります。
| 年間固定費 (③人件費+④地代家賃+⑤減価償却費+⑥その他経費) | 約6,195万円 |
| 変動比率 (②医薬品・材料費・検査委託費率) | 8.0% ※整形外科モデル(13.0%)と比較して変動費率が低いのは、リハビリ等で必要な消耗品がなく、処置中心で原価がかかりにくい耳鼻咽喉科の収益構造の特徴。 |
| 損益分岐点売上高 | 6,195万円÷(1-0.08) ≒ 6,734万円 |
| 損益分岐点患者数(1日) | (6,734万円÷年間稼働243日)÷診療単価4,200円 ≒ 50.4人 |
先述の5か年収支計画と照らし合わせると、この損益分岐点は、患者数が55.0人に達する開業2年度に達成される計画となっています。
この計算から、1日あたり約51人の患者を診察することで、クリニックの全ての支出費用を賄える可能性が高いことが分かります。
耳鼻咽喉科は1日100人来院することも珍しくない診療科ですが、逆に閑散期には30人を下回ることもあります。「年間平均で51人」という数字は、開業2年目(計画値55人)には十分に達成可能なラインです。このKPI(重要業績評価指標)をスタッフと共有し、「閑散期でも51人を維持するために、慢性疾患の患者様へのケアを充実させよう」といった具体的なアクションに繋げることが重要です。
4-4. 統括と戦略展望
本事業計画モデル「駅近・医療モールテナント・CT導入耳鼻咽喉科」は、初期投資の大きさ(1.37億円)というリスクを、以下の3つのエンジンで乗り越え、高収益体質へと転換する攻めの事業モデルです。
- 圧倒的な診断能力(Visualization):CTとNBI内視鏡による「可視化」で、患者の不安を即座に解消し、信頼を獲得する。
- 季節変動への対応力(Management):繁忙期の爆発的な集患をこなしつつ、閑散期は慢性疾患管理で底堅く稼ぐハイブリッド経営。
- 効率性の追求(DX & Task Shift):医療DXとスタッフ連携により、医師の技術を最大限に多くの患者へ提供する高回転オペレーション。
本事業計画は、あくまで標準的な一つのモデルです。実際の開業にあたっては、先生方ご自身の診療スタイルや地域の特性を反映させた、より具体的な個別の計画が必要となります。事業計画は一度作成して終わりではなく、開業後も定期的に見直し、実績と比較分析することで、経営戦略を機動的に修正していくための「生きた文書」として活用することが成功の鍵です。
さらに、より高度な経営管理を目指す先生方には、ベンチマーキングという手法があります。例えば、TKC医業経営指標(M-BAST)https://www.tkc.jp/igyou/manage_support/m_bast/のようなデータベースを活用することで、自院の経営数値を全国の数千に及ぶ同規模・同診療科のクリニックの平均値(特に黒字経営をしているクリニックの平均値)と比較分析することが可能です。これにより、自院の強みや弱みを客観的に把握し、データに基づいた的確な経営改善を行うことができます。
また、耳鼻咽喉科クリニックは経営が安定すると院長の所得が大きくなる傾向があります。所得が一定額を超えた場合、個人事業主のままよりも「医療法人」を設立した方が、税務上のメリットを享受できる可能性があります。どのタイミングで法人化すべきかについては、早い段階から医業専門の税理士事務所にご相談いただくことをお勧めいたします。
まとめ
今回のケースでは医療モール型での開業形態ということもあり、他科との連携(風邪症状での内科・小児科との連携や、めまい症状での脳神経外科・整形外科との連携)による相互紹介を最大限に活用しつつ、高度な診断と専門的な処置を強みとする経営モデルでした。
耳鼻咽喉科診療領域内の専門性の打ち出し方によっては患者層想定に違いもあり、立地選定、レイアウトや設備、機器選定なども大きく変わってきます。
また、耳鼻咽喉科は季節要因で繁閑の差が大きくなりやすく、それを想定した事業計画も重要となってきます。特に繁忙期には患者様の回転率を高め、待ち時間を短縮、負担を軽減する工夫が必要で、システムなども活用し対応されるのが良いかもしれません。
ユヤマでは物件選定から開業の支援を行っております。
お気軽にご相談ください。
協力企業
タカラスペースデザイン株式会社
提案から内外装の設計デザイン、施工・建築、アフターフォローまで安心安全のサービスを提供する「美と健康」に特化した施設のデザインを行う設計施工会社です。想いをえがき、夢をかなえ、その先をゆく。いつのときも共に最高の価値を生み出す。想いの先をゆく空間を、多彩な“ちから”を活かして提供します。価値ある空間を提供しようとする人の夢を共にかなえます。
株式会社メディセオ
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